• sarasvati1123

お大師様と弁天様な関係1

高野山の、7つの弁財天の一つ、嶽弁財天についてお話しします。

創建は推定818年「弘仁9年」11月から835年「平安時代」、とされてます。弁財天信仰は、奈良時代昔から日本にありました。

弘法大師が高野山開山にあたり、奈良の大峰山に3年間修行に行かれております。行場とされておりましたのが天川神社⛩になります。天川弁財天さんですね。川のほとりに立っています。今は、商売の神様とかで知られていますが、昔は、豊かな水で五穀豊穣を、もたらす水の神様でした。



弘法大師様は、千日修行をおえて、その時に用いた宝珠を、持ち帰り、仏法の「紹隆、繁栄」

をいのられたものです。

お大師様が、3年間修行された天川弁財天さんの周りの行場です。綺麗なところです高野山に戻られた空海様は、杉木立の茂所に、その宝珠を埋めて、弁財天さんを、祀り込みます。特別大きな杉が自生している場所をえらばれたようです。その杉は、岳の一本杉と呼ばれていて、ここは、妙音坊「ミヨウオンボウ」と呼ばれる天狗さんが住んで守られていたようです。この弁財天さんをこの天狗さんがずっと守り続けているようです。江戸時代を境に高野山の人々また近所の方々により弁財天講が、結成されたて、今に至っております。

本殿は、覆(オオイヤ)風の小さな社殿です。灯明(ローソク🕯)を灯せる台が設置されています。どこか神仏習合時代のな残りを感じます。

                つづく

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